【昔話】投資をはじめた日(その2)

前回のつづき

投資に対しては早くから興味をもっていたが、実際に投資を行ったのは当然だがそれよりもかなり後である。理由は大きく、「1:元本が無い」「2:環境が無い」「3:カネは汚いものであるという家庭で育った」の3点に集約される。

1については、一般的な家庭で生まれた小学生で何十万や百万以上の資金を個人の裁量でどうにか出来るというのは難しい。旧村上ファンドの村上世彰は小学生の頃に小遣い制度廃止と引換に株取引の原資とすべく100万を貰ったらしいが普通はあり得ないだろう。(しかも父親から提案されたというから驚きである)

2については、当時は対面取引(あるいは電話)しか無く、非常に敷居が高かった。子供どころか大人でも無縁なのは珍しくもなかった。最近の投資環境しか知らない人には信じられないかもしれないが、信用取引の口座を開くのには1000万以上の残高と証券会社支店長との面接及び許可が必要だったらしい。今では30万円あって成人迎えていれば事実上だれでも開設できるが。日本でオンライン証券が誕生したのが手数料が自由化された年でもある1999年である。このタイミングで一気に敷居が下がったのだろう。

3については、普通の家でも多少はあるだろうが、我が家はその範疇では無かった。食卓でカネの話をしようものならすぐに父親に引っぱたかられたものだった。「カネの話をするな!」って。我が家は家庭内での議論は活発(推奨されていた)であったが、子供サイドで言えばお小遣いやお年玉、大人サイドで言えばボーナスをどうするか等が議題となることは無かった。ちなみにそれ以外で父親に叩かれた記憶はほとんど無い。公務員であり、投資にも全く無縁であった父親が何故あそこまでカネを忌み嫌っていたのかは今でも分からない。

上記3つの理由が解決された最初のタイミングが大学生の時であった。
一人暮らしを始め、アルバイトである程度資金も貯まった、売買環境も現在とほぼ同様。当時は、デイトレーダーがもてはやされていた頃である。普通の若者(それどころかニートや引きこもり等、人生がうまくいっていない人が多かった)が株の短期売買で億単位の資産を手に入れる、ジェイコムショックでBNFやcisが有名になったのもこの頃。大学の同級生でも株をやっている奴はいた。流石に億単位のトレーダーは居なかった(と思う)が、内1名は大卒後専業トレーダーになった(今どうなっているかは知らない)。私もその中の一人に・・・と思わなかったワケでは無いが、まだこの時は株をやらなかった。興味は小学生の頃から続いていたが、何となく「学生の分際でいかがなものか。」と思い踏みとどまった。この点は父親の影響を少しは受けていたのかもしれない。

(次回へ続く)

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